特技を身につけておこう
スイス渡航の直前、インターンプログラムを主催した語学学校で特別授業を受けたことがあります。海外経験の豊富なベテラン女性講師が担当したのですが、彼女は、海外生活でよく使う英語表現のほか、海外でのふるまい方のコツについて端的に教えてくれました。
「欧米の国で、趣味は何かって聞かれたら、読書とか買い物、なんて答えるものではありません。主体的に取り組んでいる“特技”を大げさにアピールするんです。
ちょっとでも絵心があるんだったら、下手でもいいんです、”I’m a painter!” と自信をもって言いましょう。それぐらい押しが強くないとやっていけませんよ」
その言葉の意味を実感したのは、自分が現地へ着いてからのことでした。
スイスの寄宿学校へ到着した当初、午前中の学科指導に加え、週1回の割合で午後の実技科目も何か受け持ってほしい、といわれ、私はさんざん悩みました。不器用な私は、人に教えられるほどの実技を何も持ち合わせていなかったからです。
ほかの教師たちは、自分の得意分野に合わせて、コーラスやダンス、編物、などのクラスを開講していました。何を教えるかは各自が自由に決めていいようです。
最初に思いついたのは、ピアノのクラスでした。幼少時から10年間、ピアノを習っていたからです。ところが、クラスの開講を告知した後で、いざ、グランドピアノの前で練習をしようと思うと、楽譜の読み方をすっかり忘れており、指が動かないことに気づきました。
あわててピアノが得意な教師に来てもらい、なんとかカンを取り戻そうとしたのですが、ダメでした。やめてから10数年間、一度も鍵盤に触ったことがなかったため、どうしようもないほど技能がさびついていたのです。
仕方がないのでピアノはあきらめ、最初の2ヶ月間は卓球クラスを担当しました。とはいえ、プレイは生徒たちのほうがはるかにうまくて、私はただ用具の管理をしていただけ、という情けないありさまでした。
何かひとつでも得意分野を示さないとカッコわるいと思い、次の学期にはタイピングクラスを引き受けました。
確かにこれは、ブラインドタッチの速度では私は生徒たちより上だったし、得意といえなくもなかったのですが、自習形式の授業だったので、正確には教えているわけではありませんでした。コンピュータールームで各自がPCの前に座り、あらかじめ組み込まれた練習ソフトの指示にしたがって学習を進める形式だったのです。
私が日本人ならではのクラスを考案し、実施できたのは、スイス生活も数ヶ月を過ぎた頃でした。カルタ作りや日本料理の教室を実施したところ、予想以上の好評を得ることができたのです。いろいろ回し道をした後だったので、もっと早く実施すればよかったと思ったぐらいです。
この経験で強く感じたのは、外国語を流暢に話せるかどうか、というのとは別の観点から、特技の存在が重要であるという点です。実際にそれほど上手でなくても、また、日本文化に関するものでなくても、外国で自分自身をアピールする手段として非常に有効だと思います。かの女性講師の言わんとしていることが、スイスでの実体験から身をもってわかった私でした。
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