発音コンプレックス
日本人にとって、外国語の発音を正しく身につけるのはひと苦労ですね。特に、英語の“l”と“r”の違いなど、母国語にない音はやっかいです。ドイツ語にも発音しにくい音があるものの、私はむしろ、細かい文法規則のほうにてこずりました。
スイスの寄宿学校滞在時には、ネイティブの音をマネするように普段から努めていたこともあって、私はドイツ語の発音には比較的自信をもっていました。ある出来事が起こるまでは・・・。
それは、日本文化の実技授業でカルタ遊びをしていたときのこと。私が読み札を担当し、まず日本語で単語を読んでから、英語とドイツ語でそれに相当する単語を発音しておりました。
すると、15歳ぐらいのスイス人男子生徒が、突然、私のドイツ語の発音が「正確でない」と文句を言ってきたのです。
相手はネイティブなので、素直に(あ、そうなのか)と思い、どこがおかしいのか確認しました。
彼が指摘したのは母音の微妙な違いだったのです。でも、困ったことに、何度言い直してもその子は満足しませんでした。
それが、ひとつの単語に終わらず、次の読み札を発音しても、やはり「おかしい」「ちょっと違う」と毎回のように“ダメ出し”が入るのです。
ほかの生徒たちが同情したのか、「ちゃんと通じてるよ」と味方をしてくれましたが、それでも彼は頑として譲りません。おかげで、楽しいカルタ遊びの雰囲気がなんとなく気まずくなってしまいました。
しまいに私は、読み札のドイツ語単語を堂々と発音することにおっくうになり、そこのところだけをネイティブの生徒に代わりに読んでもらうことにしたのです。
それ以降、ほかの集まりでカルタ遊びをするときも、私はドイツ語のパートを自分で読むことができなくなってしまいました。周囲で聞いているネイティブの誰かが(変な発音!)とバカにしはしないかと気になったからです。
今思い返せば、そんなふうに遠慮したり小さくなったりする必要は全くなかったのです。しかも、私が教師として日本の遊びを教えていた場面で、スイス人が完璧なドイツ語発音を求めるというのはずれているし、それを真に受けた私もどうかしていました。日本人特有の英語発音コンプレックスをドイツ語にまで持ち込んでしまった結果といえそうです。
最近、ある英会話スクールのコマーシャルで、早口でまくしたてるネイティブに対し、英語で言い返した日本人が「発音が悪い」とレッテルを貼られる場面を見たことがあります。
以前の私なら、(そうか、正しい発音を身につけなきゃ)とそのまま解釈し、そのスクールの門をたたいていたことでしょう。でも、スイスでの経験を経た今はむしろ、外国人の発音に不寛容な態度を見せる欧米人のほうに腹立ちを覚えるのです。
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