帰国子女候補生
スイスの寄宿舎では同年代の日本人はいませんでしたが、生徒さんの中には数人いましたね。みんな、16~18歳ぐらいの年齢で、高校生活をインターナショナルスクールで送りながら大学進学や就職をめざしていたようです。この人たちが将来日本に帰ったら、いわゆる“帰国子女”の立場になるわけですね。
これまで、国内で“帰国子女”といわれている人たちに会ったことはあるけれど、そうなる前の製造過程(・・・って表現は変かな?)である海外での学校生活を目の当たりにするのは初めてだったので、とても興味深いものでした。
あたりまえのことですが、周囲はスイス人やアメリカ人など、ドイツ語や英語のネイティブがたくさんいるので、これらの日本人生徒が語学力で目立つことはありません。
さらに、彼らの中でも、幼少時からスイスにいた人、最近日本から来た人などさまざまな環境の違いがありました。
おもしろいことに、ドイツ語と英語の両方が公用語である学校で暮らしながら、どちらの言語もネイティブ並みに使いこなせる日本人生徒はひとりもいなかったんです。これはたぶん、この学校の教育プログラムが、ドイツ語で授業を行うスイスセクションと、英語で授業を行うアメリカンセクションのふたつに分かれていたためでしょう。
前者が、ドイツ語を母国語とするスイス人やドイツ人を中心としているのに対し、アメリカ人をはじめ、アジアからの留学生はたいてい後者に所属していました。特に、アジア人はまず英語のマスターが課題だったので、ドイツ語はとても敷居の高い存在だったのです。
同じ日本人でもここまで違うか~、と感心するほど、私の会った日本人生徒の個性はバラバラでした。持って生まれた性格もあるんでしょうが、やはり、何歳の時点でスイスへ来て、何年間過ごしたかということも大きく影響しているようでした。
人生の半分をスイスで過ごし、方言も完璧に使いこなしていたU君、東京から来たばかりだけど、お母さんがスイス人で日本人離れした考え方をしていたKさん、一時的に、お父さんの海外赴任のために一家でドイツに越してきたNさん・・・。
スイスという異国の中で、ずっと年下だけど同じ日本人である彼らの存在は、私自身をも勇気づけるものでした。そんな、“帰国子女候補生”だった日本人の生徒さんたちについて、これから順にお話ししていきたいと思います。
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