不明女児母への中傷【英語ニュース作成の裏側】
現在、「通訳式やさしい英語ニュース」の英文作成は、日米バイリンガルのアメリカ人ライターが担当しています。
毎回の原稿執筆を依頼する際は、参照元の英文記事を示し、その内容を約50単語に要約してもらっています。
一見、ネイティブのライターに任せたら、完璧な英語ニュースが簡単に仕上がってくるように見えるかもしれません。
が、実際は、そんなに単純なものではないのです・・・。
先日お届けした「ネット上の中傷投稿に母親が苦悩【Abusive online posts cause mother pain】」も、まさにその一例です。
今回は、この「英語ニュースの原稿完成」までの舞台裏を特別に公開します。
「ネイティブが英語表現をどう捉えているのか」「どんな修正依頼をしているのか」の観点から、英文読解とライティングの参考になれば幸いです。
【Abusive online posts cause mother pain】の英文原稿が完成するまで
時事Topic「ネット上の中傷投稿に母親が苦悩」は、(まだ美咲さんの所在が不明だった)2021年4月の英文記事をソースとして選びました。
Missing girl’s mother sues over posts accusing her of abduction:The Asahi Shimbun(2021年4月15日)
ライターに執筆を依頼する際、上記に加えて、「山中で見つかった肩甲骨のDNA型が美咲さんと一致した」という最新情報も添付したのですが、少々説明不足だったようです。
最初の原稿 ▶ 修正案1
というのも、最初に納品された原稿は、英文としては申し分なかったものの、「美咲さんの死亡が確認された」という重要な事実が入っていなかったからです。
そこで、私のほうで次の修正版を作成し、ライターに提案してみました。
太字が、元の原稿を修正した主な箇所です。(残念ながら、修正前の元原稿は残っていません。)
Abusive online posts cause mother pain
The mother of a girl who was confirmed dead this month after going missing from a campsite in 2019 suffered a torrent of online abuse accusing her of being behind the disappearance.
She kept posting messages to get information about her daughter’s whereabouts on the internet.
▶1文目に「who was confirmed dead this month」という情報を追加しています。
▶2文目は、元原稿では「母親が今、ネット上での中傷投稿に対して名誉毀損の訴えを起こしている」という趣旨になっていました。
が、実際に訴えを起こしたのは「美咲さんの死亡が確認される前」なので、流れが不自然にならないよう視点を変えました。
修正案1▶ 修正案2
この修正案に対するアメリカ人ライターの返答はこうでした。
I think the first sentence of the revised summary is fine, but how about these changes to the second sentence:
(最初の文の修正要約はそれでいいと思うけど、2文目はこんなふうに変更したらどうかな?)
The mother of a girl who was confirmed dead this month after going missing from a campsite in 2019 suffered a torrent of online abuse accusing her of being behind the disappearance.
She nonetheless continued posting messages on the internet seeking information about her daughter’s whereabouts.
▶「nonetheless(それにもかかわらず)」という副詞をさりげなく入れることで、前の英文とのつながりがスムーズになっています。
▶ また、「kept >> continued」「to get >> seeking」の変更は、口語的な単語を「より英文記事にふさわしい言い回し」に置き換えた結果です。
▶「on the internet」の位置も、修正後のほうがわかりやすいですね。さすがネイティブの発想です。
修正案2▶ 修正案3
本来なら、ここで(完成!)となるはずでしたが、改めて英文全体を読んでみると、流れが少し引っかかりました。
上の英文は、「娘の死亡が確認された後も、母親はなお、居場所を捜してネットで情報提供を求め続けた」とも解釈できるからです。
そこで、(やっぱり、自分で納得いかない英文はなんとかせねば)と考え、新たな修正案を提案しました。
I’m sorry to bother you on this issue again. Actually, I came up with another version, which could make it clear that the mother stopped seeking information after her daughter was confirmed dead. How about this?
(何度もごめんなさいね。実は、また改定案を思いついたので。
こっちのほうが、「娘の死亡が確認された後、母親が情報提供を求める活動をやめた」って点が明確にならないかしら。どう思う?)
The mother of a girl who went missing from a campsite in 2019 suffered a torrent of online abuse accusing her of being behind the disappearance.
She nonetheless continued posting messages on the internet seeking information about her daughter’s whereabouts until she was confirmed dead this month.
▶ 2文目の最後が「今月、娘の死亡が確認されるまで(居場所についての情報提供を求め続けた)」という意味になるよう修正したものです。
修正案3▶ 修正案4
これに対するライターの返答がこちらです。
About your new version, I think it’s great and does make it clearer that the mother stopped seeking information after her daughter was confirmed dead.
・・・と、改訂版に賛成してくれた後、さらに、こんな指摘がありました。
It might be good to change just one thing at the end:
That’s because there are two female persons in the sentence, so even though it’s obvious from context that the person confirmed dead was the daughter and not the mother,the sentence begins with “She…” (the mother), so using “she” to mean the daughter later in the sentence could be confusing.
(文末の表現を1箇所、変更したほうがいいんじゃないかな。
この文には女性が二人登場してるよね。なので、たとえ文脈から「死亡が確認された」のが母親じゃなくて娘のほうだと明らかだとしても、「She(母親)」から文が始まっていて、同じ文の中で、次に出てくる「she」が今度は「娘」を指している、というのは、混乱を招くかも。)
この但し書きを添えて、彼が提案した改定案は下記の通り。
…about her daughter’s whereabouts until *her daughter* was confirmed dead this month.
修正案4▶ 修正案5
これに対する私からの返信です。(どこまで続くんや・・・)
Oh, yes! You hit the nail on the head! I agree that using “she” is a bit confusing.
(なるほど!鋭い指摘だわ。確かに、「she」を使うと少し混乱を招きそう)
と素直に同意しつつ、実は 「I knew it!(それ知ってたわ〜)」と返したい気持ちもあり。
そもそも私の案で、「until she was confirmed dead this month.」と美咲さんを「she」で表したのには理由があります。
同じ英文の中で、「her daughter」という表現の繰り返しを避けるためです。これも英語ニュースの慣例ですから。
が、「she」の重複が混乱を招くのであれば、何か別の表現に置き換えねばなりません。
(・・・であれば)と少し思案して思いついたのが、「her daughter(彼女の娘)」を「the child(その子)」に置き換える、という案でした。
「her child」ではなく、「the child」です。この文脈では、絶対にこのほうが自然なのです。
で、以下の提案をしました。
To avoid using “her daughter” twice in the same sentence, how about using “the child” like this?
Replacing “she” with “the girl” might be another option, but we used “a girl” at the beginning of the first sentence.
(同じ英文の中で「her daughter」を繰り返すのを避けるために、こんなふうに「the child」を使うのはどう?
「she」を「the girl」に置き換える案もあるけど、最初の文の冒頭で「the girl」を使ってるから。)
She nonetheless continued posting messages on the internet seeking information about her daughter’s whereabouts until the child was confirmed dead this month.
果たして、ライターからの返答は期待通りでした!
I agree, “the child” is better, since it’s better not to repeat things in the same sentence.
3日間の話し合いで英文原稿がやっと完成!
かくして、ようやく完成したのが次の英語ニュースです。
Abusive online posts cause mother pain
The mother of a girl who went missing from a campsite in 2019 suffered a torrent of online abuse accusing her of being behind the disappearance.
She nonetheless continued posting messages on the internet seeking information about her daughter’s whereabouts until the child was confirmed dead in mid May.
※5月に作成した英語ニュースでしたが、公開が6月になったため、「this month >> in mid may」に変更しています。
なんと、最初の納品からこの完成版ができるまで、上記の修正を重ねて3日ほどかかっていました。
結果、この週は、以前、自分で英文原稿を書いていたときと同じぐらい時間とエネルギーを使った感覚です。
もちろん、こんなに何往復もやりとりするのは珍しく、納品された原稿でOKになることも多いです。
が、このときは、元の英文記事がやや古かったことがきっかけで、何度も推敲することになったのです。
英文原稿をネイティブに任せるにしても、刻々と移る時事情勢を反映した英語ニュースにまとめるには、依頼する側にも知識が必要です。
そういう意味では、「丸投げして終わり」ではなく、原稿が「意図した通りの仕上がりになっているか」を吟味するのが自分の役目だと思っています。
以上、英文読解の理解にお役に立ちましたら幸いです。
今後も、ネイティブのライターと二人三脚で、質の高い「通訳式やさしい英語ニュース」をお届けしていきますね。
この記事に関してご意見、ご感想がありましたら、ぜひコメント欄からお聞かせください。
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“不明女児母への中傷【英語ニュース作成の裏側】”へ6件のコメント
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毎週の英語ニュース、このように作成されていたのですね!
限られた字数の中で、いかに明確に、かつ、より自然な文章になるよう、原稿を作成されていくのか大変参考になります!
全体の構成や、主語の効果的な選択、毎回の修正案をすり合わせながら、完成版に至るのですね~! 素晴らしい教材、ありがとうございます。
原稿完成の裏話、とても興味深く読みました。刻々と変化し、新しいことが命のニュースはまさに生ものですが、正確にかつニュアンスを壊さず伝える難しさと面白さが伝わってきました。一つ一つ言葉を吟味して質の高い英語ニュースを毎週届けてくださりありがとうございます。一層身を引き締めて学習してまいります。
Aki先生が手間暇かけて英文作成してくださっているのだろうと思っていました。ニュースの背景や流れをしっかり理解していないと、いくらネイティブのライターさんでも良い文章は書けないですから。修正案3で俄然スッキリと読みやすい文章になっていますね!こんなに時間と労力を費やし仕上げてくださる貴重な英文、必ず音読し知らなかった単語や表現を覚えるように今後も努力します…と言っても覚えたことほとんど忘れます。(苦笑)ですが、何かの拍子に「あっ、あの時覚えたのが自然と使えてるやん!」って思える瞬間が嬉しいです。
原稿完成までの経緯をご披露いただきありがとうございます。先生のご尽力にお応えする努力不足を痛感しております。今後は、いろいろな視点からニュース英語に接したいと思います。
いつも完璧に洗練された英語ニュース記事、敏腕ライターの手できっと魔法のように仕上がるのかと思っていましたが、こんな舞台裏があったとは…プロジェクトXのエピソードになりそうです(笑)
きっとAki先生おひとりで執筆されていた時より、何倍も素晴らしい化学反応が起きているに違いないと思います。そのように秀逸な題材で英語学習ができることに感謝し、今後も励んでいきたいと思います。
先生の思考の流れとネイティブの方の語彙の選び方、とても参考になりました。
ありがとうございます。