ウクライナ大統領演説キーワード:原発と真珠湾
前回のコラムでは、ゼレンスキー大統領が日本の国会でおこなったオンライン演説を、「同時通訳を通じて理解する」という形式面から取り上げました。
今回は、「演説の内容そのもの」に焦点を当てて読んでいきます。
国ごとに「共感を呼ぶ言葉」を選ぶゼレンスキー演説
ゼレンスキー大統領は、ロシアへの制裁強化とウクライナへの支援協力を呼びかけるため、世界各国でオンライン演説をおこなっています。
その際、注目すべきなのは、各国の歴史や文化を事前によく研究し、次の例の通り、「国民の共感を呼びそうな言葉」をうまく選んでいる点です。
イギリス:シェイクスピアの『ハムレット』の一節、第二次大戦中のチャーチル首相の演説
アメリカ:真珠湾攻撃や米同時多発テロ、キング牧師の演説
ドイツ:「ベルリンの壁」を連想させる「壁」などの表現
このうち、米国議会のオンライン演説で言及した「真珠湾」については、後で検証します。
日本人の心に響くキーワードとは
日本の国会でのオンライン演説では、「原発」「サリン」「津波」「故郷」「復興」などがキーワードになっています。
※演説全文の英訳と和訳は、それぞれ下記サイトでご覧になれます。
具体的に、各キーワードがどのように使われたのか見ていきましょう。
「原発の大惨事を想像してください」
まず、国会演説の中で「原子力発電所」というワードが使われた文脈の一例を引用します。
ロシアがウクライナの原発を攻撃したことに関連して、1986年のチェルノブイリ原発事故について語る場面です。
Imagine a nuclear power plant where a disaster happened. :英訳(ウクライナ大統領府)
過去に大惨事が発生した原発を想像してみてください。:和訳(日本経済新聞)
語句の注釈)nuclear power plant:原子力発電所、disaster(名)大惨事
「放射性物質が放出され、原発の30キロメートル圏内はいまだに閉鎖されている」と聞くと、日本人ならハッとするでしょう。
誰もが、あの2011年3月11日に起きた「東日本大震災の福島第一原発事故」を思い出すからです。
「サリンなど化学兵器による攻撃が起きる可能性があります」
次に、ロシアが今後、化学兵器を使用した攻撃をしかける危険性を説明するくだりです。
We are warned about possible chemical attacks, in particular with the use of sarin. As it was in Syria. :英訳(ウクライナ大統領府)
我々は、特にサリンといった化学兵器を使用した攻撃が起きる可能性があると警告を受けています。それは、シリアで起きたのと同様のことです。:和訳(日本経済新聞)
語句の注釈)warn(動)警告する、 in particular:とりわけ
わざわざ「サリン」という単語を出したのは、いうまでもなく、1995年3月20日の「地下鉄サリン事件」を想起させるためです。
私自身、「サリン」という言葉を聞くと、あの忌まわしい出来事の記憶が一瞬でよみがえってきます。
「この残酷な侵略の津波を止めるよう協力してください」
こちらは、ロシアの侵略を止めるための協力を呼びかけた部分です。
I call for the united efforts of the Asian countries, your partners, to stabilize the situation. So that Russia seeks peace. And stops the tsunami of its brutal invasion of our state, Ukraine.:英訳(ウクライナ大統領府)
ロシアが平和への道を追求し、我々の国ウクライナに対するこの残酷な侵略の津波を止めるよう、アジアの友好国と一丸となって情勢の安定化に取り組んでいただくことを求めます。:和訳(日本経済新聞)
語句の注釈)stabilize(動)安定させる、brutal(動)残忍な、invasion(名)侵略、state(名)国家
ここでの「津波」は、明らかに意図的です。実際の「津波」ではなく、ロシアが「押し寄せる津波のように」侵略してくる、という比喩として使っているからです。
やはり、日本人に心に深く刻まれた「3.11の東日本大震災」に関連した言葉を選んでいるといえます。
米議会演説の「真珠湾」発言が日本で炎上
日本の国会演説に先立って、ゼレンスキー大統領は3月16日、アメリカの連邦議会でもウクライナ語でオンライン演説をおこないました。
※演説全文の英訳と和訳は、それぞれ下記サイトでご覧になれます。
この演説の中で、「真珠湾攻撃(パールハーバー)」という言葉が使われた次の箇所が、日本で問題になりました。
Remember Pearl Harbor. Terrible morning of December 7, 1941. When your sky was black from the planes attacking you. Just remember that.
Remember September 11th. A terrible day in 2001, when evil tried to turn your cities into a battlefield. When innocent people were attacked. Attacked from the air. In a way no one expected. : 英訳(ウクライナ大統領府)
パールハーバーを思い出してください。1941年12月7日の恐ろしい朝。あなたたちを攻撃してきた飛行機のせいで空が真っ黒になったとき。それをただ思い出してください。
9月11日を思い出してください。2001年の恐ろしい日、悪があなたの街を戦場に変えようとしたとき。罪のない人々が攻撃されたとき。空から攻撃されたのです。誰も予想できなかった形で。 : 和訳(NHK)
語句の注釈)evil(名)悪、battlefield(動)戦場、innocent(名)罪のない
日本人としてこの一節を読むと、「パールハーバー」と「同時多発テロ」を同列に並べていることに違和感を覚えます。
実際、日本のSNSでは、ゼレンスキー大統領の「真珠湾」発言に対して反発の声が数多く上がりました。
が、そのいっぽうで、プロのノンフィクションライターが、こんな興味深い指摘をしています。
▶ ゼレンスキー「真珠湾発言」に怒る日本人は、プーチン支持のロシア国民と瓜二つ(ダイヤモンド・オンライン)
以下、この記事の抜粋です。
ただ、もしこのような発言や一部で沸き上がる「真珠湾発言」への強い反発などが、アメリカをはじめとした西側諸国で「日本の世論」として報じられたら、世界の人々はこう思うはずだ。
「日本人も戦争に負けたことでようやく民主主義の国になったかと思ってたけど、本質的には報道規制で国民が洗脳されてるロシアとそんなに変わらないな」
怒る方もいらっしゃるかもしれないが、残念ながら、これがロシアを「悪の枢軸」、プーチンを「残酷な独裁者」として糾弾している西側諸国の極めて平均的な国際感覚なのだ。
太平洋戦争時、日本の神風特攻隊や万歳突撃は連合国側に、理解不能な自爆テロとして強烈な恐怖を植え付けて、その衝撃は西側諸国を中心とした戦後の国際社会でも広がった。筆者も若い頃、中東を貧乏旅行した時、行く先々で神風特攻について根掘り葉掘り尋ねられた記憶がある。
我々からすれば、非常に不本意な評価だが、西側諸国の価値観からすれば、日本は狂気を感じさせるような奇襲や自爆で、国際社会に立ち向かった「テロリスト国家」から、西側諸国の支えで心を入れ直し、“仲間に入れてもらった国”という位置付けなのだ。
そのような意味では、NATO(北大西洋条約機構)加盟を切望して西側諸国の仲間入りを果たしたいゼレンスキー大統領が、アメリカの議会で「真珠湾攻撃」をディスるのは当然である。あの表現は「私は西側諸国のみなさんと全く同じ価値観ですよ」ということを国際社会に示す“踏み絵”のようなものと思っていいかもしれない。
納得できるかどうかは別として、少なくとも、ゼレンスキー大統領が「真珠湾」に言及した意図を知る意味では、参考になる説明です。
また、米議会での演説を受けて、「日本の国会演説でも、真珠湾に触れるのでは」という危惧が一部であったようですが、それはありえないでしょう。
「真珠湾攻撃」が「敵からの奇襲攻撃」のたとえである以上、日本国民に向かって「真珠湾」を持ち出す理由がないからです。
いずれにせよ、ゼレンスキー大統領の「真珠湾」発言は、日本がいまだに、「半世紀以上前の戦争の敗戦国として、負債を背負っている」ことを実感するきっかけになりました。
以上、ゼレンスキー大統領のオンライン演説を、今度は「キーワード」の面から振り返ってみました。
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“ウクライナ大統領演説キーワード:原発と真珠湾”へ1件のコメント
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ゼレンスキー大統領がアメリカへの演説で真珠湾攻撃に触れた時、私には日本を悪く言っているようには聞こえませんでした。
ただただ、「あの時の気持ちを思い出してみてください、同じことが私達に起こっているのです」と訴えているように聞こえました。だから、日本への演説で、堂々と、日本への感謝を述べられたのだと思います。
用意周到な演説と考える向きもあるかもしれませんが、私には一本筋の通ったブレない姿勢を感じました。また、今でも日本が一目置かれている証左とも感じました。
とにかく、いつ自分が攻撃されるかもしれない、自分の国民がなすすべもなく日々命を落としているという極限状態の中で、まっすぐ前を向いて演説する姿を見ていると、言葉が出ません。44歳で一国を背負い、あの状況下で新体制を提案するって、、、